広島のニュースな街ブログ
2009年 09月 12日
銀座デパート跡と市役所通り
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銀座デパート。呉市民にとって、この名前はいまだ、なじみある名前でしょう。かつての、呉のシンボル的デパート。中通4丁目に、6年くらい前まで存在したデパート。晩年の銀座デパートは、1階と2階のみの営業になって、それでも、テナントがあまり埋まっていなくて、閑散としていた。2階は催し物が開かれていたが。現在の銀座デパート跡地は、銀座パーキングとして、名前が残されたまま、駐車場になっている。銀座デパート・・・おそらく、東京の銀座のような上品で華やかなイメージをとの想いで、付けられたのだろう。周南市の徳山駅前の町名「銀座」と発想は一緒だろう。
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市役所通のアーケード部分には、現在も銀座デパートのマークの入ったネオン看板がそのままたくさん残されている。
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市役所通のゲートにも、いまだ銀座デパートの文字
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アーケードには、銀座デパートに入っていたかつてのテナントの看板も

昭和47年ころの、テナント構成は・・・

地下1階=大呉食品店、かわさき食品センターなど、地元の食料品店が10以上テナントとしてはいっていた
1階=弘文堂書店、カメラの今西、ヤングモスリン、めがね店や生花など、バラエティーにとんだテナント。
2階=宝石のモリ、銀座ハキモノ店、岡野洋服店など、ファッションフロア
3階=平和堂くつ店、中山楽器店、みどりや玩具店、呉画房、帽子店など、生活雑貨が中心のフロア
4階=子供遊園地、催し物会場、大食堂、風車パーラー
屋上=ビアガーデン

なお、その後、昭和50年前後に、銀座デパートには、スーパーの「ニチイ」が、1~3階のフロアの一部にテナントとして入ることとなる(衣料品・生活雑貨のみ。地下の食品街にはニチイは入っていなかった)。れんがどおり(中通)には、ニチイ(銀座デパート)、ジャスコ(大呉百貨店)、いづみ(当時はいづみ百貨店呉店)が林立し、繁華街としてもっともにぎやかな時代に入っていく。この3つは、どれも地下に食品街があり、屋上には屋上遊園地がある。まさに、デパートのような位置づけだった。

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以前は、呉の繁華街の商店は「呉大店会」としてひとくくりにされて、活動されていた。クレジットカード・信販事業としても活動されていたたはず。よくテレビで「呉大店会」として番組提供、その中の加盟店舗がランダムに紹介される、動かない(店の写真だけ移されて、テーマソングとナレーションが入る)CMが流されていた。(RCCテレビの午後のドラマ再放送枠あたりで。たいてい、水戸黄門の再放送の提供といえば、「呉大店会」だった記憶がある)現在は解散している。

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現在の市役所通りの様子。れんが通りを交差する通りとしては最北にある通り。写真の先は、れんがどおりと交差して、そのまま市役所へ向う。写真右側が、旧・銀座デパート跡地。
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市役所通りの街灯には、市役所通オリジナルのネオン看板が取り付けられていた。市役所通のオリジナルマークもあったようだ
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by cobalt_ss | 2009-09-12 06:32 | 街・呉市・江田島市


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